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東京高等裁判所 平成4年(う)709号 判決 1992年10月15日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人滝沢繁夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一  訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人に対する現行犯逮捕手続及びそれに伴う捜索差押手続が違法であるとしながら、その違法性の程度は、「警察官らにおいて、被告人について現行犯逮捕の要件が備っていると即断して判断を誤ったにとどまり、警察官らに令状主義を免れる意図はなかったものと認められる」ので、「その場で押収された覚せい剤等の証拠能力を否定しなければならないほどに重大とは考えられない」旨説示して、右覚せい剤等の証拠能力を認めたが、被告人に対する現行犯逮捕手続は、警察官が、麻生簡易裁判所裁判官発布にかかる捜索差押許可状(以下、「本件令状」または、「本件捜索差押許可状」という。)により直ちに捜索できる原判示モーテル千鳥の被告人方管理人室(以下、「管理人室」という。)の捜索をせず、近くのプレハブ平屋建建物(以下、「プレハブ」という。)内にいた被告人に面会を強要し、同所の捜索差押許可状を所持しているかのように被告人を誤信させる等したうえ、被告人が、プレハブ内から一歩踏み出したところを取り押さえ、被告人が所持していた黒皮製がま口を無理やりもぎ取ったもので、警察官に令状主義逸脱の意図があったのは明らかであり、また、警察官ら自身も、被告人を取り押さえてその所持品を検査し、覚せい剤を発見するまでは、自己らが逮捕行為をしていると認識していなかったのであるから、原判決の説示するように、警察官らが、「現行犯逮捕の要件が備っていると即断した」と解する余地もなく、本件現行犯逮捕手続には重大な違法があるというべきである。したがって、右現行犯逮捕手続に伴う捜索差押手続によって得られた本件覚せい剤等には証拠能力がないのに、これを原判示事実認定の証拠として用いた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、以下検討する。

一  原審証人網川勝一の供述を含む関係証拠によれば、本件の経過及び被告人を現行犯逮捕した際の状況等について、以下の諸事実を認めることができる。

1  被告人は、茨城県<番地略>の肩書住居地において、父の経営するモーテルの管理人室に内妻Aとともに住み込み、右モーテル管理の仕事をしているものであるが、茨城県鹿島警察署勤務の綱川勝一他五名の警察官(石津、梶尾、斎藤、松林、中村らの各警察官)は、平成三年二月二八日午後二時三五分ころ、被告人に対する覚せい剤取締法違反の嫌疑により発布された本件捜索差押許可状(捜索すべき場所を、「鹿島郡<番地略>、有限会社甲商事千鳥管理人室内」、差し押えるべき物を、「本件に関係ある覚せい剤…」とするもの)に基づき、原判示のモーテル千鳥に赴いた。

2  警察官らが、右モーテル千鳥に至り、本件令状に記載された捜索場所である管理人室から出てきた前記Aに被告人の所在を確かめたところ、同女は、「離れ(プレハブ)にいる。」旨答えた(右プレハブは、管理人室と同じく前記モーテル千鳥の敷地内にあり、管理人室から植込み挟んで約一〇メートル離れた場所に所在する。)。そこで、警察官らは、被告人の所在を求めて同女の案内でプレハブの方へ移動した。

3  警察官らは、プレハブのドアをノックし、石津警部補が、「がさだから。」と声をかけたところ、被告人が窓を開けて、顔を出したので、石津警部補は本件捜索差押許可状を示したが、被告人は、「誰が、喋ったんだ。俺は、預かっただけだ。」と興奮した様子で叫び、窓を閉めた。そこで、警察官は、戸外から二、三回ドアを開けるように申し述べたところ、被告人は再び、「誰が、喋ったんだ。俺は、預かっただけだ。」と繰り返して叫び、ドアを開けて右手を頭上に上げ、手に持った黒いものを投げ捨てるような格好をしながら飛び出し、更に、「預かっていただけだ。」などとわめきながら裸足のまま駆け出し、その場から逃走しようとした。

4  警察官らは、右の状況から、被告人が、覚せい剤を投げ捨てて逃走しようとしているものと判断し、被告人がプレハブの出入口から二、三メートル走ったところで、石津警部補が、被告人の腕を掴むなどして、被告人を制止しようとしたが、被告人が両腕を振り回すなどして激しく抵抗したので、綱川、斎藤、松林ら三名の警察官も応援し、警察官四名で暴れる被告人の体を掴み、取り組むようにして、数回、「持っているものを見せてくれ。」と言ったが、被告人はいっそう暴れて、手にしている黒いものを強く握り締め、警察官らの説得に応じようとしなかった。そこで、梶尾巡査が、被告人の指をこじあけて、被告人が握り締めていたものを取り上げた。

5  被告人が、手に握り締めていたものは、チャック付きの黒皮製がま口であったが、梶尾巡査がチャックを開けて、中身を調べたところ、銀紙に包まれ、プラスチック製の袋に入った白色結晶性粉末(本件覚せい剤)一袋、注射筒二本、注射針三本、小鋏、爪楊枝等が在中していた。

6  その場で、梶尾巡査が、覚せい剤検出用試薬で右白色結晶性粉末を検査したところ、陽性反応を呈したので、警察官らは、被告人に対し、覚せい剤所持の現行犯人として逮捕する旨告げたが、被告人は両腕を振り回すようにして激しく抵抗し、被告人を立たせたままでは手錠をかけることが困難であったので、暴れる被告人の両太腿を抱えていた警察官(綱川)がその状態で自分の腕を手前に引き、被告人の上半身を押さえていた警察官ら(石津、斎藤、松林)が被告人を前方に倒し、被告人を俯せの状態にして地面に押さえ付け、中村巡査が手錠を掛け、同日午後二時四〇分頃被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕するとともに、その場で、前記がま口及びその在中品を領置した。

以上の事実が認められる。被告人及び証人Aの原審公判供述中には右認定に沿わない部分もあるけれども、同人らが本件の経緯に照らし明らかに不自然、不合理な供述をしていること(例えば、被告人については、プレハブのドアを開け、一歩足を踏み出すや、やにわに、警察官五、六名から飛び掛かられ、俯せにされ直ぐ首を締められたとか、警察官が覚せい剤検出用試薬で被告人から取り上げたものを試験したのは見ていないとする点など、Aについては、警察官が覚せい剤をなめて見て、「ああこれは覚せい剤だ。」と言ったが、覚せい剤検出用試薬で覚せい剤の試験をしたのは見ていないとか、警察官がプレハブの窓を開けた被告人に対し紙のようなもの(令状)は示していないとする点など)に照らし、到底信用することができない。

二  以上の事実関係を基として、以下検討を加える。

1  前記のように警察官らがプレハブのドアをノックしたうえ、「がさだから。」と声をかけ、窓を開けて顔を出した被告人に対し、本件捜索差押許可状を示し、被告人が窓を閉めたところ、更に戸外から二、三回ドアを開けるように述べた行為は、本件捜索差押許可状の執行の着手に他ならないというべきであり、このことは当審で取り調べた現行犯人逮捕手続書及び捜索差押調書の記載によっても裏付け得るところである。

ところで、所論は、モーテル千鳥の管理人室内を捜索場所とする本件捜索差押許可状によってプレハブの捜索はなし得ないと主張するところ、確かに右プレハブは、管理人室から植込みを挟んで約一〇メートル離れた場所に存在する物理的には独立している建物ではあるけれども、モーテル千鳥敷地内では最も管理人室に近く、かつ独立の住居として建てられたものではなく、実際にも不用品の収納、被告人又はその家族の就寝、客との面談等に用いられていたのであって、その実体は管理人室の離れの一部屋に過ぎなかったと解されるから、管理人室と一体をなす付属建物として本件捜索差押許可状の捜索の対象となるものと認めるのが相当である(本件捜索差押許可状が捜索の場所を管理人室内としたのは、客用の各室を除外することに狙いがあると認められ、前述したような状況が存在するプレハブまでをも対象に含めない趣旨とは解されない。)。したがって、警察官らが、前記のような経緯からプレハブについて本件捜索差押許可状の執行に着手したことを目して違法とすることはできないというべきである。

2  次に、警察官らが、その場から逃走しようとして暴れる被告人を実力によって制止し、その指をこじあけて被告人が握り締めていたがま口の在中品を調べたことにつき、原判決は、警察官らが現行犯逮捕の要件がないのにこれが備わっていると誤って判断して被告人を逮捕したとの趣旨の判示をしている。しかし、当審で取り調べた現行犯人逮捕手続書の記載によれば、警察官らは、がま口に在中していたプラスチック製の袋に入った白色結晶性粉末を覚せい剤検出用試薬で検査し、これが陽性反応を呈した段階で、被告人に対し覚せい剤所持の現行犯人として逮捕する旨告げたものであり、右以前の段階においては、被告人を直ちに現行犯人として逮捕する意思はなく、覚せい剤と思われるものを手にして、逃走しようとする被告人を制止し、被告人が手にしている物件を提出させようとの意図のもとに行動していることが認められる。

そこで、警察官らの行為の適法性ついて考えるに、そこに至る経緯は、前記一のとおりであり、警察官らは被告人に対する覚せい剤取締法違反の嫌疑で覚せい剤等を差押えるべき物とした本件令状執行のため赴いたものであること、警察官らが、プレハブのドアをノックして被告人を呼び出し、窓を開けた被告人に、「がさだから。」と声を掛け、本件令状を示したところ、被告人は、「誰が、喋ったんだ。俺は、預かっただけだ。」などと叫んで窓を閉めたので、警察官らがドアを開けるように言っているうち、被告人が右手を頭上に上げ所持している黒いものを投げ捨てるような格好をして飛び出し、裸足のまま駆け出して、その場から逃走しようとしたこと、その間、被告人は、繰り返し、「預かっていただけだ。」と覚せい剤所持を自認する言葉を発していること、警察官らは、右の状況から、被告人が、覚せい剤を投げ捨てて逃走しようとしているものと判断したこと、被告人は逃走を制止しようとする警察官らに対し激しく暴れ抵抗したことなどが認められ、かかる状況のもとにおいて、前記警察官らの行為は本件令状に基づく捜索差押の目的を達するため必要やむを得ないものというべきであり、仮に、原判決のいうようにそれが違法であるとしても、本件においては覚せい剤所持の現行犯逮捕の要件又はこれに準ずる要件が客観的には備わっていたと解する余地があることをも考慮すると、その違法の程度は、これに引き続く現行犯逮捕に伴う捜索差押により得られた本件覚せい剤等の証拠能力を否定するほど重大なものではないというべきである。

したがって、これらを証拠として採用し、原判示事実認定の用に供した原判決に、所論の違法があるとは認められない。

三  なお、所論は、本件令状の捜索場所として管理人室が揚げられていることにつき、それが、的確な資料に基づくか疑問があると主張するのであるが、管理人室及びプレハブは被告人の住居であると解すべきところ、被疑者の住居については被疑事実に関連する品物が存在する蓋然性が推定され、そのことにつき特段の疎明を必要としないのであるから(刑訴法二二二条、一〇二条一項)、所論は失当である。

四  したがって、原判決に訴訟手続の法令違反があるとは認められない。論旨は理由がない。

第二  量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役一年に処した原判決の量刑は、重過ぎて不当である、というのである。

記録によれば、本件は、被告人が、原判示の各日時、場所において、覚せい剤を自己の左腕部に注射して使用し(原判示第一の事実)、かつ、覚せい剤約0.411グラムを所持した(原判示第二の事実)、という事案である。

被告人の行為は、それ自体強い社会的非難に値するうえ、被告人は、体調が優れず、胃も痛かったことから、覚せい剤を注射して気を紛らそうという安易な動機で、覚せい剤を有償で入手して使用するとともに、その一部を所持していたものであり、被告人には昭和五九年三月覚せい剤取締法違反罪により懲役一年八月に処せられた本件と同種の前科や昭和六二年五月傷害罪で懲役四月に処せられた原判示の累犯前科もあるのに、またも、本件犯行を重ねたもので、その規範意識は乏しいと認められることなどを考えると、被告人の罪責は重いというべきである。

そうしてみると、本件所持にかかる覚せい剤が比較的少量であったことなど被告人のため酌量することができる諸事情を考慮しても、被告人に対する原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

なお、所論は、原判決が、本件に算入した一六〇日間の未決勾留日数は少な過ぎると主張するが、被告人の勾留日数は、勾留の当初から起算すると二七七日、起訴後で二六〇日であるから、本件事案の内容、原審における審理の経過等に照らせば、その算入日数が少な過ぎるということはできない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林充 裁判官宮嶋英世 裁判官中野保昭)

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